青年はヒーローを目指さない
困ったもんである。
何が困ったって、映画「ジャンパー」の主人公ですわ。
ある日突然、超能力に目覚めてしまった少年がいる。
気弱で、いかにもイジメにあいそうな彼は、初恋の少女に贈ったプレゼントを拾うため、
薄氷の張った池へ。
案の定、氷は割れて彼は水の中へ…。
次の瞬間、彼は周囲にあった池の水ごとテレポートして、図書館へ移動。
彼のテレポーテーション能力が目覚めたのである。
それはいいのだが、
何が困ったって、
普通、そんな能力に目覚めた日にゃあ、
ちょっとぐらいは世のため人のために使いそうなもんだが、
この主人公にはそんな気配がまるでナシ。
彼はこの能力を使って、実に人生を楽しむわけだ。
銀行の金庫にテレポートして大金を奪い
(一応借用書は残しているのだが…このあたりがかえってタチ悪いよな)
超高級マンションで優雅に暮らしつつ、
イギリス、エジプト、アメリカ、日本と自在に飛び回り、人生を謳歌するわけね。
部屋のテレビでは大災害や大事故に巻き込まれた人々のニュースがわざとらしく流れているのに、
彼はそれには目もくれず、
金を(たぶん、今から行こうとしている国の通貨で)手に、遊びに行くのである。
テレポーテーションなんて、凄い能力を持っていながら!
で、後半は、このテレポーテーション能力を持った“ジャンパー”と呼ばれる彼らと、
ジャンパーを“社会の敵”として命を狙う謎の組織との戦いが繰り広げられる
アクション映画なんである。
まあ徹底して正義のヒーローにならない主人公がかえって
気持ちいいのは不思議なとこなんだけどね。
で、ふと思い出したのが「ボーン・アイデンティティー」シリーズ。
凄い戦闘能力を持っていながら、
主人公はその能力を、自分と、せいぜい自分の彼女を守るためぐらいにしか使わない。
程度や状況の違いこそあれ、
もはやアメリカ映画の主人公にとって、ヒーローは魅力的でない。
世界を救うヒーローであるよりも、自分の彼女を守りたい。
これはすなわち、超人のマイホームパパ化現象である。
マイホームパパを目指しながら、結局“家族そろってヒーロー化”していった
「Mr.インクレディブル」とは、まさに時代が違ってきているわけだ。
ヒーロー不在の混迷化した時代は、
もはや誰もヒーローを目指さない時代を迎えているのかも知れない。
そんな時代を見るにつけ、60年代のTVヒーロー「フライマン」を思い出す。
大きな薬を飲むと30分、小さな薬を飲むと15分、彼は空を飛べるようになる。
それ以外の能力があったのかどうか、俺も子どもだったので覚えちゃいないが、
たぶん、ただ飛べるだけだった気がする。
それでも彼は、けなげに世のため人のために戦っていた。
まだ、アメリカに正義があると、アメリカ自身も世界も信じていた頃…。



